靖国神社に行ったときの話

いまはこう右か左かわからない運動をやっている。

もとは右の世界にいたが、その前の話である。

コロナ前の8月15日昼過ぎに僕は友達と秋葉原駅で別れて、中央線で飯田橋駅に向かった。駅を出て角川の本社の横を通り過ぎると第二鳥居のあたりに出た。1年前頃からTwitterネット右翼自民党支持というより、反左翼の傾向が強かった)をやっていた僕はキラキラとした眼差しで、靖国神社の鳥居を見上げた。それはインターネットで見ていたものと同じものだった。

靖国神社は人でごった返していて、人人人といった感じで、中年の男性が多かったがそれは僕に安心感を与えた。それは、当時にメディアや行政が左翼に支配されていると信じていたからである。

僕は参道で楠の苗木を貰い、10分ぐらい並びやっと拝殿にたどり着いた。拝殿前で手を合わせ、口には出さなかったが対米自立とアメリカへの復讐を誓った。

愛国者はみんなそう思っていると考えていた。

日本の政治を国民から委ねられてるのは自民党であるが、ここ30年はずっと不景気である。それは自民党アメリカのせいであると考えていた。(アメリカが日本を搾取しているから貧しくなっているのだと思っていた)

ニュースでは午前中にN国の丸山穂高が参拝したと見た。遊就館に入って、ゼロ戦の撮影をしているとN国の立花孝志が遊就館に入ってきて周囲がざわついた。何人かが並んで記念撮影をしてもらっていたので僕も並び記念撮影をしてもらった。

遊就館は当時の僕でも偏ってるなと感じる展示が多数あったが、軍事博物館でそんなものだろうと流したけど体制ってそういうものじゃないか、都合の悪いものは隠すものなんだよ

参道を後退し九段下の駅に向かう途中、公道にでた途端たくさんの人からビラを渡された。僕は感動して泣きそうになった。